また一人友人が・・・。

 先ほど午前中の早い時間に、友人の火葬が終わりました。

悪性のリンパ腫に気付いてから、わずか4ヶ月後の死・・本当に早い進行でした?

お子さんがおらず、奥さんとそれぞれの母親たちとの同居をされていました。

高齢の親よりも自分が先に逝く現実を、彼はどう感じていたのでしょうか?

 

 耐えられない痛みを薬で抑え、それでも強い気持ちと辛抱強さが求められる病。

彼は決して「意固地」の気持ちからではなく、あえて自宅で家族の下で残る日々を

過ごそうと心に決めていました。 

それを最期まで貫きました! 

息を引き取る瞬間を、見舞いに行った私の妻と、妻の友人が確認しました。

生前、大したことを何も出来ずに終わってしまった事を済まなく思います?

 

 火葬にする直前に顔を見せてもらい、小さな窓から見た彼の顔は優しく、綺麗で

今にも目を開けそうな自然な死顔でした。

火葬にされる最後の別れの前に、世話役の人から、彼が詳しく親しんでいた聖書の中の

ある聖句(聖書の言葉)に基づく短い話がありました。

 

伝道の書7章2節

嘆きの家に行くことは,宴会の家に行くことに勝る。それがすべての人の終わりだからである。生きている者は[それを]心に留めるべきである。

 

 この言葉の本意は・・参列した一人ひとりが真摯にこう考える良い機会になるという

ことだそうです。

『自分はこの先どう生きたら良いのだろうか?』と。

 

 確かに参列した私でさえ(?)限られた先々の不確定な命の期間を、どんな気持ち

で、どんな人間として生きていくべきなのだろうか?と考えました。

 

 亡くなった彼はとても優しい性格でした。

教師の免許を持っていて、養護学校の先生も務めていた時期がありました。

またそれとは別の面で「悪を許さない!」正義感の強い彼でもありました。

 

 いつだったか・・ある人が原付きにぶら下げておいたヘルメットを、若者が盗んで

行ったのを目撃するや、自分の物でもないのに懸命に追いかけて捕まえ、盗った理由や

何処の誰なのかを毅然として問い正していました。

もちろんきちんと謝らせることも。 私は彼の行動を見て恥じた記憶があります。

 

 今回彼のお世話をさせてもらうべく担当日の割当をいただき、それに備えていた矢先

に・・間に合いませんでした?

彼の生き方を、彼の考えを少しでも学び、いい加減な自分を正しながら生きたいと、

参列しながら深く思いました。

 

 昨日のジトジト降る雨模様ではなく、青空に浮かぶ白い雲が美しい日に彼を送る事が

出来て良かったです?

どうか彼がまた明るい顔で復活出来ますように・・そう祈る私です?

 

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